温泉文化を、世界に出そうとしている。
文化庁は「温泉文化」をユネスコ無形文化遺産への新規提案候補として選び、2030年ごろの審議見込みまで示している。2026年には提案書も提出され、温泉を単なる観光資源ではなく、日本に根付いた社会的慣習として世界に示そうという動きが進んでいる。
温泉。
旅館。
湯治。
共同浴場。
湯上がりの町歩き。
山の湯、海の湯、川の湯。
そういうものをまとめて、日本の文化として世界に届けようとしている。
なるほど。
それはいい。
でも、ここで和歌山を見てみると、少し妙なことに気づく。
和歌山には、すでに世界遺産の文脈で語れる湯がある。
しかも、見るだけではない。
いまも、入浴できる。
それが、田辺市本宮町の湯の峰温泉にある「つぼ湯」である。
ただし、ここは最初に正確にしておきたい。
「温泉文化」のユネスコ無形文化遺産登録を目指す動きと、湯の峰温泉が関わる世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」は、別の制度である。前者は社会的慣習としての温泉文化を対象にする話で、後者は熊野の霊場や参詣道を含む文化遺産の話だ。
だから、雑に混ぜてはいけない。
でも、だからこそ面白い。
温泉文化を世界に届けようとしている今、和歌山には、すでに世界遺産の構成資産として語れる湯垢離の温泉が残っている。
それなのに。
「温泉といえば?」
と聞かれて、和歌山県がすぐに出てくる人は、どれくらいいるだろう。
草津。
別府。
箱根。
有馬。
下呂。
道後。
登別。
そのあたりは、すぐに名前が出る。
和歌山なら、白浜温泉は出るかもしれない。
でも、そこで止まってしまう。
湯の峰。
川湯。
渡瀬。
勝浦。
龍神。
椿。
加太。
このあたりまで一つの「温泉県」として思い出されることは、あまり多くない。
残念なのは、温泉がないことではない。
ある。
かなりある。
和歌山県公式観光サイトは県内の源泉数が500を超えると案内し、環境省の統計でも和歌山の源泉総数は500を超える規模で確認できる。
問題は、そこではない。
和歌山の温泉は、強いのに、まとまって見えにくい。
白浜が強すぎる。
熊野は熊野として語られる。
勝浦はまぐろや那智と結びつく。
龍神は山の秘湯として立っている。
川湯は川を掘る温泉として独立して面白い。
それぞれは強い。
でも、県全体として
「和歌山は温泉県だ」
という一枚の記憶になりにくい。
そこが、今回の残念な和歌山である。
白浜だけで和歌山の温泉を語るのは、もったいない
和歌山の温泉といえば、まず白浜温泉である。
これは自然なことだ。
白浜温泉は有名だ。
海がある。
白良浜がある。
円月島がある。
アドベンチャーワールドもある。
空港もある。
東京から飛行機で入りやすく、大阪からも行きやすい。
そして、歴史も古い。
白浜温泉は日本三古湯の一つとして案内されることが多く、日本書紀や万葉集にも登場する古湯として知られている。全国的にも、和歌山の温泉の顔として十分に強い。
だから、白浜温泉が和歌山の入口になるのは正しい。
問題は、その先である。
白浜で止まってしまうことだ。
和歌山の温泉力は、白浜だけでは終わらない。
南紀勝浦温泉には、太平洋や勝浦湾を望む海の温泉がある。那智勝浦町の観光情報では源泉数177と案内され、県内でも有数の温泉地として整理されている。洞窟風呂や海景、さらに生まぐろや那智の滝、熊野那智大社との接続も強い。
龍神温泉は、山の温泉である。
日本三美人の湯として知られ、日高川沿いの山あいにある静かな湯として、白浜や勝浦とはまったく違う顔を持つ。
川湯温泉は、川そのものが温泉になる。
川原を掘ると湯が湧く。冬には「仙人風呂」と呼ばれる大きな露天風呂も現れる。これは、説明した瞬間に強い。
渡瀬温泉は、熊野本宮エリアの自然滞在型の温泉として、大露天風呂やキャンプ、コテージと結びつく。
湯の峰温泉は、熊野詣の湯垢離場として語られる。
椿温泉は、白浜の近くにありながら、落ち着いた湯治系の顔を持つ。
加太淡嶋温泉は、和歌山市側の海辺温泉として、北部和歌山の入口になりうる。
こうして並べると、和歌山の温泉は、単なる「白浜温泉の県」ではない。
海の湯。
山の湯。
川の湯。
巡礼の湯。
湯治の湯。
リゾートの湯。
一県の中で、温泉の意味がかなり変わる。
ここが面白い。
そして、ここが見えにくい。
全国的に強い温泉地は、たいてい一言で説明しやすい。
草津は湯畑と強酸性の湯。
別府は湯けむりと圧倒的な源泉数。
箱根は首都圏近郊の総合観光地。
有馬は金泉・銀泉と歴史。
城崎は外湯めぐりと浴衣の温泉街。
和歌山は、そういう単一ブランド型ではない。
白浜だけなら説明しやすい。
でも、和歌山全体で見ると、説明が一気に広がる。
湯の峰は信仰。
川湯は川。
勝浦は海と洞窟。
龍神は山と美容。
白浜は海辺リゾート。
つまり、和歌山は単一の温泉街で勝つ県ではなく、温泉のジャンルが県内で劇的に変わる県なのである。全国比較の調査でも、和歌山は「温泉版の周遊県」として見るほうが強い、という整理ができる。
白浜だけで終わらせるには、和歌山の湯はあまりにも濃い。
まず見ておきたいのは、湯の峰温泉・つぼ湯である
この温泉特集で、最初に深掘りしたいのが湯の峰温泉である。
湯の峰温泉は、和歌山県田辺市本宮町にある。
熊野本宮大社に近い、山あいの小さな温泉地だ。
派手な大型温泉街ではない。
夜遅くまで土産物屋が並ぶタイプでもない。
巨大旅館が集まるリゾートでもない。
でも、ここには他の温泉地にはなかなか真似できない強さがある。
それが、熊野詣との関係である。
湯の峰温泉は、古くから熊野詣の前に身を清める「湯垢離場」として使われてきた。和歌山県世界遺産センターの登録資産目録でも、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産の中に「湯峯温泉」があり、「熊野本宮大社近くにある湯垢離の場」と説明されている。
ここが重要である。
湯の峰は、ただ古い温泉なのではない。
熊野へ向かう人が、身体と心を整える場所だった。
温泉に入る。
身体を清める。
旅の疲れを癒やす。
そして、熊野へ向かう。
温泉が、観光の目的地である前に、祈りに入っていくための準備だった。
これが、湯の峰温泉の面白さである。
その中でも「つぼ湯」は、特に強い。
熊野本宮観光協会や田辺市熊野ツーリズムビューロー、和歌山県公式観光サイトでは、つぼ湯を「世界遺産に登録された入浴できる温泉」として案内している。現在も30分交代制などで入浴できる施設として紹介されている。
ただし、ここは言い方に注意したい。
「つぼ湯そのものが単独で世界遺産」と雑に書くと、制度上はやや危ない。
正確には、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産として位置づけられる「湯峯温泉」にある、現在も入浴できる公衆浴場が「つぼ湯」である。
この説明を一度入れておけば、
世界遺産の文脈で語れる、いまも入浴できる温泉
という表現は十分に使える。
それでも、やっぱり強い。
世界遺産を眺めるのではない。
世界遺産の文脈にある湯に、入る。
そんな体験ができる場所が、和歌山にはある。
ただ、この記事では湯の峰温泉・つぼ湯を深掘りしすぎない。
ここは次回、単独で読む価値がある。
湯の峰温泉は、日本最古級の古湯であり、熊野詣の湯垢離場であり、世界遺産の文脈で語れる現役の入浴施設でもある。
この要素を一つの記事の中で軽く流すのは、もったいない。
だから次回は、湯の峰温泉・つぼ湯だけを取り上げる。
和歌山の温泉は、単一ブランドではなく「周遊型」で見る
全国的に強い温泉地には、それぞれ分かりやすい型がある。
草津は、一点突破型である。
湯畑、強酸性の湯、湯もみ、雪景色。
別府は、都市型である。
源泉数、湯けむり、地獄めぐり、共同湯。
箱根は、総合観光圏である。
温泉、芦ノ湖、富士山、美術館、神社、旧街道。
城崎は、街歩き型である。
外湯めぐり、浴衣、柳並木、温泉街。
黒川は、編集型である。
統一感ある街並み、入湯手形、露天風呂めぐり。
では、和歌山は何なのか。
白浜だけを見れば、海辺リゾート型である。
でも、県全体で見ると、それだけでは足りない。
白浜。
勝浦。
湯の峰。
川湯。
龍神。
渡瀬。
椿。
加太。
これらを並べると、和歌山は一つの巨大温泉街ではない。
一つの強烈な湯畑を持つ県でもない。
むしろ、県内を移動するごとに、温泉の意味が変わる。
白浜では、海辺のリゾートになる。
勝浦では、海と洞窟とまぐろに近づく。
湯の峰では、熊野詣の湯垢離になる。
川湯では、川そのものが浴槽になる。
龍神では、山の静養と美人の湯になる。
これを一言で言うなら、和歌山は温泉版の周遊県である。
全国比較の調査でも、和歌山は単一ブランド勝負ではなく、海・山・川・世界遺産を一県で湯巡りできる方向で見たほうが強い、という整理ができる。
ここを見誤ると、和歌山の温泉は弱く見える。
草津のような湯畑がない。
別府のような湯けむり都市ではない。
城崎のような浴衣の外湯街でもない。
黒川のように統一された温泉街でもない。
だから弱い。
そう見えてしまう。
でも、それは評価軸が違う。
和歌山の温泉は、単一の町で完結するより、海・山・川・巡礼をまたいで読むほうが強い。
強みがないのではない。
強みが分散している。
だからこそ、束ね方が必要になる。
この温泉特集で見ていくこと
この特集では、和歌山の温泉を「白浜温泉だけの県」としてではなく、海・山・川・巡礼にまたがる温泉県として読み直していく。
扱う予定は、次の通りである。
第8-1回
世界遺産に入浴できる県なのに、「温泉といえば」と言われない和歌山。
今回の記事である。
温泉文化を世界に出そうという時代に、和歌山にはすでに世界遺産の文脈で語れる湯がある。にもかかわらず、和歌山は「温泉県」としては思い出されにくい。その理由を、まず総論として整理する。
第8-2回
世界遺産を眺めるのではなく、世界遺産の湯に入る。湯の峰温泉・つぼ湯の異常さ。
湯の峰温泉とつぼ湯を深掘りする。
熊野詣。
湯垢離。
日本最古級の古湯。
世界遺産の構成資産。
現役の入浴施設。
この温泉がなぜ特別なのかを、制度と歴史を混同しないように整理する。
第8-3回
白浜だけじゃない。海・山・川・巡礼で見る、わかやま温泉案内。
白浜、南紀勝浦、龍神、川湯、渡瀬、椿、加太などを並べる。
ただし、観光パンフレットのように「ここもいいですよ」と紹介するのではない。
海の湯。
山の湯。
川の湯。
巡礼の湯。
湯治の湯。
という分類で、和歌山の温泉がどれだけ多層的かを見る。
第8-4回
草津・別府・箱根と比べると、和歌山の温泉は何が違うのか。
全国の有名温泉地と比べる。
草津は一点突破。
別府は温泉都市。
箱根は総合観光圏。
城崎は外湯街。
黒川は編集された温泉地。
では和歌山は何か。
ここで、和歌山を「温泉版の周遊県」として位置づける。
第8-5回
和歌山の温泉が弱いのではない。物語が分散しているだけだ。
最後に、なぜ和歌山が「温泉県」として思い出されにくいのかを整理する。
残念なのは、温泉がないことではない。
白浜もある。
湯の峰もある。
勝浦もある。
龍神もある。
川湯もある。
むしろ、ありすぎる。
でも、それぞれが別々の物語として語られ、県全体の温泉イメージとして束ねられていない。
ここに、和歌山らしい残念さがある。
まとめ
和歌山は、温泉が弱い県ではない。
白浜温泉がある。
南紀勝浦温泉がある。
龍神温泉がある。
湯の峰温泉がある。
川湯温泉がある。
渡瀬温泉がある。
椿温泉がある。
加太淡嶋温泉もある。
しかも、湯の峰温泉には、熊野詣の湯垢離場として世界遺産の文脈で語れる「つぼ湯」がある。
温泉文化を世界に届けようという時代に、これはかなり強い。
それなのに、「温泉といえば和歌山」とは、なかなか言われない。
なぜか。
答えは単純ではない。
白浜が強すぎるから。
熊野が温泉ではなく世界遺産として語られがちだから。
勝浦がまぐろや那智と結びつくから。
龍神が山の秘湯として独立しているから。
川湯が川を掘る体験として異色すぎるから。
つまり、魅力がないのではない。
魅力が分散している。
だから、この特集では、それを一つずつ束ね直す。
白浜だけで終わらせるには、和歌山の湯はあまりにも濃い。