温泉地には、分かりやすい勝ち方がある。
草津には、湯畑がある。
別府には、湯けむりがある。
箱根には、首都圏からの近さと総合観光地としての厚みがある。
城崎には、浴衣で歩く外湯めぐりがある。
黒川には、統一された温泉街と入湯手形がある。
有馬には、金泉・銀泉という覚えやすい個性がある。
どれも強い。
一言で説明できる。
写真を見れば分かる。
泊まり方も想像しやすい。
では、和歌山の温泉はどうだろう。
白浜温泉は有名だ。
でも、それだけでは和歌山の温泉全体を説明できない。
湯の峰温泉がある。
南紀勝浦温泉がある。
龍神温泉がある。
川湯温泉がある。
渡瀬温泉がある。
椿温泉や加太淡嶋温泉もある。
けれど、全国的に「温泉といえば和歌山」と言われるかというと、少し弱い。
なぜか。
和歌山の温泉が弱いからではない。
勝ち方が違うからだ。
全国比較の調査では、和歌山は単一ブランドで勝つ温泉地というより、海・山・川・世界遺産を一県で湯巡りできる「温泉版の周遊県」として見るほうが強い、という整理ができる。
この見方は、かなり大事だ。
草津と同じ土俵で比べると、和歌山は見えにくい。
別府と同じ土俵で比べても、少し違う。
箱根のような巨大総合観光圏とも違う。
和歌山は、一つの温泉街で完結する県ではない。
県内を移動するごとに、温泉の意味が変わる県である。
今回は、全国の代表的な温泉地と比べながら、和歌山の温泉の立ち位置を整理したい。
草津温泉は「一点突破」の王者である
まず、草津温泉である。
草津は強い。
かなり強い。
湯畑。
強酸性の湯。
湯もみ。
外湯。
雪景色。
温泉街。
どれも分かりやすい。
草津温泉は、主な源泉や自然湧出量、強酸性の泉質など、お湯そのものの強さで説明しやすい温泉地である。全国比較調査でも、草津は「一つの強い湯と一つの極めて強い街のアイコン」を持つ一点豪華主義の王者として整理されている。
草津のすごさは、温泉のイメージが一か所に集まっていることだ。
草津といえば湯畑。
湯畑といえば草津。
この記号性は、圧倒的に強い。
観光客は、何を見に行くのか分かる。
どこを歩けばいいのか分かる。
写真も撮りやすい。
温泉地としての中心が、非常に明確である。
和歌山には、このタイプの強さはあまりない。
白浜には白良浜や円月島がある。
勝浦には洞窟風呂や海景がある。
川湯には川を掘る体験がある。
湯の峰にはつぼ湯がある。
でも、県全体を一発で象徴する「湯畑」のようなアイコンはない。
ここで、和歌山は草津に負けている。
ただし、それは草津型の土俵で見た場合である。
草津は一点突破で強い。
和歌山は、複数の湯の意味が分散している。
だから、和歌山を草津のように見せようとすると、たぶん無理が出る。
和歌山は「一つの湯畑」を探すより、白浜、勝浦、湯の峰、川湯、龍神をつないで見せたほうがいい。
草津が一点突破なら、和歌山は周遊である。
別府温泉は「温泉都市」である
次に、別府温泉である。
別府も強い。
しかも草津とは違う強さだ。
草津が一つの湯畑に記憶を集める温泉地だとすれば、別府は街全体が温泉でできている。
湯けむり。
地獄めぐり。
共同湯。
地獄蒸し。
別府八湯。
源泉数と湧出量。
街の中に温泉があり、生活の中にも温泉がある。
全国比較調査では、別府市全体で源泉数・湧出量とも全国トップ級であり、温泉の種類や数量だけでなく「温泉が生活と観光の両方を支配している都市」である点が強みとして整理されている。
これは、かなり強い。
別府は、温泉が街の背景ではない。
街そのものが温泉である。
和歌山は、別府型でもない。
白浜は温泉地として強いが、別府のように市全体が湯けむりで覆われる温泉都市ではない。
勝浦も、湯の峰も、龍神も、川湯も、それぞれ個性はあるが、別府のように一つの都市の中で温泉文化が全面展開しているわけではない。
では、和歌山は弱いのか。
そうではない。
和歌山は、別府のような巨大温泉都市ではなく、県内の地理が変わるごとに温泉体験が変わる。
海岸線を移動すれば、白浜や勝浦の海の湯がある。
山へ入れば、龍神の静養の湯がある。
熊野本宮へ行けば、湯の峰、川湯、渡瀬がある。
つまり、和歌山は「一つの都市に温泉が集中している」県ではなく、「県内の移動そのものが温泉の意味を変える」県である。
別府が温泉都市なら、和歌山は温泉回廊である。
箱根温泉は「巨大総合観光圏」である
箱根もまた、別の意味で強い。
箱根は、温泉地というより、巨大な総合観光圏である。
温泉。
芦ノ湖。
富士山。
箱根神社。
関所。
旧街道。
美術館。
登山鉄道。
首都圏からのアクセス。
宿泊施設。
全部ある。
全国比較調査でも、箱根は345源泉、17温泉地、約20種類の泉質を持ちながら、芦ノ湖、富士山、箱根神社、美術館群まで抱える「巨大総合観光圏」として整理されている。
箱根の強さは、温泉だけに頼っていないところにある。
温泉に行ってもいい。
美術館に行ってもいい。
神社に行ってもいい。
湖を見てもいい。
富士山を見てもいい。
首都圏から近い。
何度行っても別の楽しみ方がある。
これは、かなり強い。
和歌山にも総合観光地としての要素はある。
白浜には、海、温泉、景勝地、レジャー施設、空港がある。
勝浦には、温泉、生まぐろ、那智の滝、熊野那智大社がある。
熊野本宮には、温泉、熊野古道、熊野本宮大社がある。
でも、箱根のように一つのエリアに高密度でまとまっているわけではない。
和歌山は広い。
そして、移動が必要である。
白浜、勝浦、本宮、龍神、加太は、それぞれ距離がある。
ここは、和歌山の弱みでもある。
箱根のように、一泊二日でコンパクトに複数の観光資源を回りやすいとは言いにくい。
ただし、逆に言えば、和歌山は「一泊二日のコンパクト観光」だけで語る県ではない。
南紀を何度も訪れる。
白浜から熊野へ向かう。
勝浦を拠点に那智へ行く。
本宮で湯の峰・川湯を巡る。
龍神で山の湯に入る。
そういう周遊や再訪の設計が向いている。
箱根が高密度の総合観光圏なら、和歌山は広域の温泉周遊県である。
城崎温泉は「歩く温泉街」である
城崎温泉は、温泉街としての完成度が高い。
外湯めぐり。
浴衣。
柳並木。
太鼓橋。
川沿いの温泉街。
旅館と街の関係。
夜のそぞろ歩き。
とても分かりやすい。
全国比較調査でも、城崎は「外湯めぐり」や「まち全体が一つの宿」という思想が機能している温泉地として整理されている。
これは、和歌山が少し苦手なところである。
白浜はリゾート色が強い。
勝浦は宿や施設が海沿い・湾内に点在している。
湯の峰や龍神、川湯は小規模で静養色が強い。
城崎のように、浴衣で歩く温泉街そのものが主役になる場所は、和歌山ではあまり思い浮かばない。
ここは、正直に言っていい。
和歌山の温泉には、城崎型の「歩いて楽しい温泉街」としての完成度は弱い。
ただし、これも評価軸の違いである。
城崎は、町全体を一つの宿のように楽しむ温泉地である。
和歌山は、町歩きだけでなく、海、山、川、熊野、食、巡礼と温泉が結びつく。
勝ち方が違う。
湯の峰を城崎と同じ基準で比べると、小さい温泉地に見える。
でも、湯の峰は熊野詣の湯垢離場として見れば、他では代えがたい。
勝浦を城崎と比べると、温泉街の一体感は弱く見える。
でも、洞窟風呂、太平洋、生まぐろ、那智の滝を組み合わせれば、まったく違う強さが出る。
和歌山は、街歩き型ではなく、土地の文脈型で見るべき温泉県である。
黒川温泉は「編集された温泉地」である
黒川温泉も、和歌山にとって学ぶところが多い。
黒川は、大規模な温泉地ではない。
でも、見せ方がとても上手い。
入湯手形。
露天風呂めぐり。
統一感ある街並み。
川沿いの宿。
落ち着いた看板や建物。
温泉地全体が、一つの世界観として編集されている。
全国比較調査でも、黒川温泉は「温泉地全体が一つの旅館であるかのように設計されている」こと、入湯手形や統一感ある意匠などによって満足度が高いことが強みとして整理されている。
これは、和歌山にとってかなり示唆的である。
湯の峰、川湯、渡瀬は、近いエリアにある。
熊野本宮温泉郷として見れば、それぞれの性格が違う。
湯の峰は巡礼の湯。
川湯は川の湯。
渡瀬は自然滞在の湯。
この三つを、もっと分かりやすく編集できれば、かなり強い。
ただし、黒川をそのまま真似する必要はない。
黒川は、一つの温泉地として世界観を統一している。
和歌山の場合は、一か所を黒川化するより、白浜・勝浦・熊野本宮・龍神の役割分担を明確にして、県全体を湯の回廊として見せるほうが向いている。
全国比較調査でも、和歌山は「一か所を黒川化」するより、県全体を一つの湯の回廊として見せる方が向いている、という分析がされている。
これは、かなり核心に近い。
和歌山は、黒川のように一つの温泉地を美しく編集するより、複数の温泉地をどう束ねるかが課題である。
有馬温泉は「覚えやすい個性」を持っている
有馬温泉は、覚えやすい。
金泉。
銀泉。
この二つだけで、かなり記憶に残る。
しかも、日本三古湯、日本三名泉、秀吉、温泉寺、六甲山、神戸からの近さがある。
全国比較調査でも、有馬の強さは、歴史の古さだけではなく、金泉と銀泉という誰でも覚えられる二項対立のブランドを持っていることだと整理されている。
これも、和歌山には重要な比較である。
白浜も古い。
湯の峰も古い。
龍神には美人の湯がある。
勝浦には海と洞窟風呂がある。
川湯には川を掘る温泉がある。
素材は強い。
でも、有馬の金泉・銀泉ほど、県外の人が一瞬で覚えられる言葉に整理されているかというと、そうではない。
ここが、和歌山のもったいないところだ。
素材は強い。
でも、記憶のタグが弱い。
有馬は「金泉・銀泉」と言える。
草津は「湯畑」と言える。
城崎は「外湯めぐり」と言える。
黒川は「入湯手形」と言える。
では、和歌山は何と言うのか。
ここを作る必要がある。
たとえば、
海・山・川・巡礼の湯。
あるいは、
世界遺産の湯から海辺リゾートまで。
あるいは、
温泉版の周遊県。
こういう束ね方が必要になる。
温泉地そのものはある。
問題は、どう覚えてもらうかである。
道後温泉は「古湯」と「文学都市」がつながっている
道後温泉も、比較対象として面白い。
道後は、日本最古級の温泉として知られるだけではない。
道後温泉本館がある。
『坊っちゃん』がある。
正岡子規がいる。
松山城がある。
市街地観光と結びついている。
全国比較調査でも、道後の強みは「古代の古湯ブランドと近代文学都市の顔が一つにつながっていること」と整理されている。
和歌山にも、古湯はある。
白浜。
湯の峰。
さらに熊野信仰や日本書紀、万葉集と結びつく話もある。
しかし、道後のように「古湯」と「文学・都市観光」が一つの分かりやすい物語にまとまっているわけではない。
和歌山の場合、物語はもっと大きく、もっと分散している。
白浜は海辺リゾートと古湯。
湯の峰は熊野詣と湯垢離。
勝浦は熊野那智と海。
龍神は山と美容。
川湯は川と野趣。
それぞれが濃い。
だから、一つの都市物語としてはまとまりにくい。
でも、その代わり、和歌山には「一県の中で温泉の意味が変わる」という強みがある。
道後は、道後という一つの町の物語が強い。
和歌山は、県全体に複数の物語が散らばっている。
ここも、勝ち方が違う。
和歌山は、単一ブランド型ではない
ここまで見てくると、和歌山の立ち位置が少し見えてくる。
草津のような一点突破型ではない。
別府のような温泉都市型でもない。
箱根のような高密度総合観光圏でもない。
城崎のような歩く温泉街でもない。
黒川のような一つの温泉地を編集しきった型でもない。
有馬のような金泉・銀泉の二項ブランドでもない。
道後のような古湯と文学都市の一体型でもない。
では、和歌山は何なのか。
和歌山は、分散型の温泉県である。
白浜は、海辺リゾート古湯。
勝浦は、海と港と洞窟風呂。
湯の峰は、熊野詣の湯垢離場。
川湯は、川そのものが浴槽になる温泉。
龍神は、山の美人湯。
渡瀬は、自然滞在型の大露天風呂。
椿は、落ち着いた湯治の湯。
加太は、和歌山市側の海辺温泉。
どれも同じ顔をしていない。
それが、和歌山の分かりにくさであり、面白さである。
全国比較調査では、和歌山は「一県内に複数の全国ブランド要素が分散して共存している」と整理されている。白浜、湯の峰、龍神、勝浦、川湯など、それぞれが全国的に見ても希少な要素を持っている。
つまり、和歌山は「どこか一つが全国一」という話ではない。
一県の中に、違う種類の温泉体験が複数ある。
ここを評価すべきである。
和歌山の弱みは、見せ方にある
とはいえ、弱みもある。
まず、アクセスが分散している。
白浜は行きやすい。
東京から飛行機で入れる。
大阪からも比較的行きやすい。
でも、湯の峰、川湯、渡瀬、龍神まで行こうとすると、車やバスの設計が必要になる。
勝浦も、首都圏や関西からの移動には時間がかかる。
次に、温泉街としての一体感が弱い場所も多い。
白浜はリゾート型。
勝浦は点在型。
湯の峰は小規模。
川湯は体験型。
龍神は静養型。
城崎のように「ここを浴衣で歩けば温泉旅行になる」という分かりやすさは、県全体にはない。
さらに、物語が分散している。
熊野は世界遺産として語られる。
勝浦はまぐろや那智の滝と語られる。
龍神は美人の湯として語られる。
川湯は川を掘る温泉として語られる。
それぞれは強いが、県全体の「和歌山の温泉」としては束ねられにくい。
温泉調査Proでも、和歌山の弱点は「温泉が弱い」ことではなく、温泉が県内で分散し、別々の物語で売られていることだと整理されている。
これはかなり正しい。
和歌山は、温泉が弱いのではない。
温泉の見せ方が難しい。
そして、その難しさをまだ十分に編集しきれていない。
和歌山が目指すべき見せ方
では、和歌山はどう見せるべきなのか。
草津のように湯畑を作ることはできない。
別府のような温泉都市にもなれない。
城崎のような外湯街を急に作るのも違う。
黒川のように一つの温泉地を徹底的に統一するのも、県全体には向かない。
和歌山は、和歌山らしい見せ方をすべきである。
それは、温泉版の周遊県である。
海の湯。
山の湯。
川の湯。
巡礼の湯。
湯治の湯。
これらを、一つの県の中で巡れる。
白浜で海辺リゾートを楽しむ。
勝浦で洞窟風呂と生まぐろを味わう。
湯の峰で熊野詣の湯垢離を感じる。
川湯で川を掘って湯に入る。
龍神で山の静けさに浸かる。
渡瀬で自然滞在を楽しむ。
これを別々に売るのではなく、和歌山の温泉の層として見せる。
全国比較調査でも、和歌山の観光PRでは、旅の目的ごとに温泉を再編集し、「海・山・川・世界遺産を一県で湯巡りできる」という方向が筋が通っていると整理されている。
これである。
和歌山は、単一ブランドではなく、周遊ブランドとして見せる。
「温泉といえば白浜」ではなく、
「和歌山は、海・山・川・巡礼を湯で巡る県」
として見せる。
これなら、草津や別府や箱根と同じ土俵で戦わなくていい。
和歌山の土俵で戦える。
まとめ
全国の有名温泉地と比べると、和歌山の違いははっきりしてくる。
草津は、一点突破。
別府は、温泉都市。
箱根は、総合観光圏。
城崎は、歩く温泉街。
黒川は、編集された温泉地。
有馬は、金泉・銀泉という覚えやすい個性。
道後は、古湯と文学都市。
では、和歌山は何か。
和歌山は、分散型の温泉県である。
白浜だけではない。
勝浦がある。
湯の峰がある。
川湯がある。
龍神がある。
渡瀬がある。
椿がある。
加太がある。
一つの温泉街で完結するのではなく、県内を移動するごとに、温泉の意味が変わる。
海辺リゾートになる。
港と洞窟風呂になる。
熊野詣の湯垢離場になる。
川そのものが浴槽になる。
山の静養地になる。
この多様さは、全国ランキングでは見えにくい。
でも、和歌山の温泉の本当の強みは、そこにある。
残念なのは、温泉が弱いことではない。
温泉が分散していて、まだ一つの県イメージとして束ねられていないことだ。
次回は、この特集の結論として、なぜ和歌山が「温泉県」として思い出されにくいのかを整理したい。
そして、和歌山の温泉をどう語り直せばいいのか。
そこまで考えてみたい。