残念な和歌山

見る、学ぶ、食べる、捕る。太地町に足りない「クジラの説明」

太地町編・第3話――捕鯨文化と動物福祉を分けて考える

見る・学ぶ・食べる・捕るという太地町とクジラの四つの関係を表現したイメージ
見る・学ぶ・食べる・捕るという太地町とクジラの四つの関係を表現したイメージ。実在する施設、漁船、漁法、展示、料理、町並みを再現したものではありません。

和歌山県太地町では、クジラをさまざまな形で体験できる。

くじら浜海水浴場では、ハナゴンドウが泳ぐ海に入ることができる。

太地町立くじらの博物館では、鯨類の骨格や生態、捕鯨の歴史を学び、イルカやクジラのショー、ふれあい体験も楽しめる。

町内の飲食店や宿泊施設では、刺身、竜田揚げ、焼き肉などの鯨料理を食べられる。

そして太地町では現在も、小型鯨類を対象とする漁業が行われている。

つまり、この町には、

  • 見るクジラ
  • 学ぶクジラ
  • 食べるクジラ
  • 捕るクジラ

が同時に存在している。

この組み合わせこそ、太地町の独自性である。

一方で、初めて町を訪れた人、とくに捕鯨文化になじみのない旅行者は、素朴な疑問を持つだろう。

なぜ、この町ではクジラを見て、触れて、学んだあとに、クジラを食べるのか。

太地町の公式観光情報には、博物館、鯨料理、史跡、体験施設がそれぞれ紹介されている。

しかし、それらがなぜ同じ町に共存しているのか。

400年前の古式捕鯨と、現在の追い込み漁は何が同じで、何が違うのか。

水族館で飼育される鯨類と、食用として利用される鯨類は、どのような関係にあるのか。

合法性、資源管理、動物福祉は、どう区別して考えればよいのか。

こうした疑問に対し、観光客が一か所で全体像を理解できる説明は、まだ十分に見えてこない。

太地町に必要なのは、捕鯨への賛否を決着させることではない。

歴史、産業、食文化、飼育展示、動物福祉、国内外からの批判を分けて示し、旅行者が自分で考えられる観光へ変えることである。

太地町には、語るべき捕鯨文化が十分すぎるほどある

まず、太地町とクジラの関係を、現在の追い込み漁だけで理解してはいけない。

熊野灘沿岸では、江戸時代初期から組織的な古式捕鯨が行われてきた。

日本遺産「鯨とともに生きる」は、新宮市、那智勝浦町、太地町、串本町を対象地域とし、捕鯨が地域の産業、信仰、祭礼、食文化、町並みを形成してきた歴史を一つの物語として紹介している。

太地町では、捕鯨の祖とされる和田頼元らによって、江戸時代初期に組織的な捕鯨が始まったとされる。

当初は、舟でクジラへ近づき、銛を打つ突取法が行われた。その後、網を使ってクジラの動きを抑えてから銛を打つ網掛突取法へと発展していった。

捕鯨は、単に鯨肉を得るための漁業ではなかった。

肉は食料になり、油は燃料や薬、骨や歯、ひげ、皮などは生活用品や工芸品へ加工された。

日本遺産の公式解説は、クジラが余すところなく利用され、熊野灘沿岸に大きな富と産業をもたらしたことを紹介している。

町内には、その歴史を示す場所が今も残る。

クジラを見つけるための山見跡がある燈明崎や梶取崎。

捕鯨の祖・和田頼元や太地角右衛門の墓。

鯨の命を供養する鯨供養碑。

捕鯨に従事した人々を弔う墓。

1878年に100人を超える犠牲者を出したとされる「背美流れ」を伝える漂流人紀念碑。

捕鯨の動作を取り入れた太地の鯨踊。

それらは、捕鯨が一部の漁師だけの仕事ではなく、町全体の生活、信仰、喜び、悲しみと結びついていたことを示している。

太地町立くじらの博物館にも、古式捕鯨を再現したジオラマ、捕鯨道具、鯨舟、捕鯨砲、屏風、鯨類の骨格標本などが展示されている。

博物館は、捕鯨の歴史だけでなく、鯨類の進化、生態、体の仕組み、地域とクジラの関係を扱う、博物館と水族館を組み合わせた施設である。

太地町に、捕鯨文化を観光客へ伝える材料がないわけではない。

むしろ、材料は多すぎるほどある。

歴史、史跡、墓、供養、祭り、食、博物館、生体展示、現在の漁業まで、町の中にすべて存在している。

問題は、材料の不足ではない。

それぞれが、旅行者にとって一つの物語としてつながって見えないことである。

参考:文化庁「日本遺産 鯨とともに生きる」、太地町立くじらの博物館「博物館について

400年前の捕鯨と、現在の追い込み漁は同じではない

太地町の捕鯨文化を説明するとき、最も注意しなければならないのは、過去と現在を一つの言葉でまとめないことである。

「太地町には400年以上の捕鯨文化がある」

この説明自体は間違いではない。

しかし、江戸時代の古式捕鯨と、現在の商業捕鯨、小型鯨類漁業、追い込み漁、生体展示は、それぞれ制度も対象種も目的も異なる。

大きく分けると、次のようになる。

古式捕鯨

江戸時代に発達した、舟、網、銛などを使う組織的な捕鯨。

大型のクジラを対象とし、多数の人々が役割分担して行う地域産業だった。

近代捕鯨

捕鯨砲や動力船など、新しい技術を用いる捕鯨。

太地町出身者も、国内外や南氷洋の捕鯨に関わった。

現在の商業捕鯨

日本は2019年に国際捕鯨取締条約から脱退し、同年7月から排他的経済水域内で商業捕鯨を再開した。

現在は農林水産大臣の許可のもと、大型鯨類を対象とした捕鯨が行われ、漁獲可能量による管理も導入されている。

小型鯨類漁業

イルカやゴンドウクジラなどの小型鯨類を対象とする漁業。

水産庁は、イルカ漁業について、関係する道県知事の許可のもとで操業され、調査に基づく種別の捕獲枠が配分される制度だと説明している。

太地町の追い込み漁も、この小型鯨類漁業に含まれる。

群れを湾内へ誘導し、捕獲した個体を食肉利用、生体利用などへ分ける。

和歌山県は、太地町の漁業を漁業法に基づく合法的な漁業と位置づけ、国が定める捕獲枠のもとで行われていると説明している。

ここで重要なのは、古式捕鯨と現在の漁業に連続性があるか、ないかの二択にしないことだ。

町の産業、食文化、クジラへの意識という意味では、歴史的な連続性がある。

一方、漁法、対象種、販売先、法制度、動物福祉をめぐる社会的な評価は、時代によって変化している。

したがって、

昔から続く文化だから、現在の漁法もそのまま正当化される

とも、

現在の漁法に批判があるから、400年の歴史全体に価値がない

とも言えない。

太地町が観光客へ説明すべきなのは、単純な連続性ではない。

何が受け継がれ、何が変化し、現在はどの制度で行われているのかという違いである。

参考:水産庁「捕鯨をめぐる状況」、和歌山県「小型鯨類漁業について

太地町には「4つのクジラ」がいる

太地町の観光を整理すると、クジラとの関わりは四つに分けられる。

見るクジラ

太地町立くじらの博物館では、イルカショー、クジラショー、ふれあい体験、生体展示が行われている。

夏には、くじら浜海水浴場でハナゴンドウを間近に見られるイベントも行われる。

博物館は、展示やショー、ふれあいを通じて、五感でクジラについて学ぶ施設を目指すと説明している。

学ぶクジラ

博物館本館では、骨格標本、鯨類の進化、体の仕組み、古式捕鯨、捕鯨道具、人とクジラとの関係が展示されている。

学芸員、獣医、飼育スタッフによるレクチャーや、学校向け学習プログラムも用意されている。

食べるクジラ

町内では、刺身、竜田揚げ、焼き肉、鍋料理、内臓や皮を使った料理などが提供されている。

和歌山県は、太地町の鯨食を400年以上受け継がれてきた地域の食文化として紹介している。

捕るクジラ

太地町では、現在も追い込み網や小型捕鯨などの漁業が営まれている。

捕獲された鯨類は、食肉として利用される場合がある一方、一部は飼育展示のための生体として扱われることもある。

この四つは、別々の観光素材ではない。

捕ることが食文化につながり、捕鯨の歴史が博物館の展示になり、生体として飼育される鯨類が「見る」「学ぶ」体験になる。

しかし、公式観光情報を見る限り、それぞれの施設や体験は紹介されていても、四つの関係を一つの図や解説で整理したページは見つけにくい。

その結果、旅行者は、

博物館のクジラと、食べるクジラは同じ種類なのか。
展示されている個体はどこから来たのか。
現在も町で捕鯨が行われているのか。
歴史展示と現在の漁業は、どうつながるのか。

という疑問を、自分で複数のサイトから調べなければならない。

見ることと食べることが同時に存在するから、太地町が「残念」なのではない。

見る、学ぶ、食べる、捕るの関係を、旅行者が理解できる形で説明していないことが残念なのである。

参考:太地町立くじらの博物館「施設案内」、和歌山県「くじら料理

歴史と食は説明している。だが、現在の論点は見えにくい

太地町立くじらの博物館は、捕鯨史を扱っていないわけではない。

古式捕鯨のジオラマ、捕鯨道具、鯨舟、捕鯨砲、捕鯨文化に関する資料など、歴史展示は豊富である。

また、鯨類の生態、進化、体の仕組み、飼育、研究、教育活動も紹介している。

企画展では、鯨油、骨、歯、ひげ、皮などがどのように生活用品として使われてきたかを紹介し、クジラ資源の活用について来館者へ問いかける試みも行われている。

つまり、博物館は単にショーを見せるだけの施設ではない。

資料の収集、保存、調査研究、教育普及、学校との連携、大学・研究機関との共同研究、漂着個体の調査など、多面的な役割を担っている。

一方、今回確認した公式ウェブ上では、次の論点を観光客向けにまとめた説明は見つけにくかった。

  • 古式捕鯨と現在の追い込み漁の違い
  • 商業捕鯨と小型鯨類漁業の違い
  • 食肉になる種と、飼育展示される種の関係
  • 飼育個体の入手経路
  • 鯨類の飼育環境や福祉評価
  • 海外や動物福祉団体から何が批判されているのか
  • 地域や行政は、その批判にどう答えているのか
  • JAZAとWAZAを巡る経緯

これは、館内に展示や説明がないという意味ではない。

公式ウェブ上で確認できる情報だけでは、館内展示やガイド説明の全容を判断できないからだ。

ただし、旅行前に情報を調べる観光客、とくに外国人旅行者にとって、公式ウェブ上で見つけられない説明は、事実上届きにくい情報でもある。

歴史や文化を説明するだけでは、現在の疑問には答えられない。

「なぜ昔から捕ってきたか」と、「現在どう捕り、どう飼育し、どう評価されているか」は、別々に説明する必要がある。

参考:太地町立くじらの博物館「博物館について」「本館

JAZAとWAZAが問題にしたのは、捕鯨文化全体ではない

太地町と水族館をめぐる議論で、しばしば登場するのが、JAZAとWAZAである。

JAZAは日本動物園水族館協会、WAZAは世界動物園水族館協会を指す。

この問題は、「国際団体が日本の捕鯨を禁止した」と単純化されることがある。

しかし、実際に焦点となったのは、捕鯨文化全体ではなく、追い込み漁で捕獲されたイルカ類をJAZA加盟施設が導入することだった。

JAZAは2015年、WAZAとの協議を経て、追い込み漁によるイルカ類の導入を行わないと決定した。

この決定についてJAZAは、動物の入手は適法であるだけでなく、動物福祉や種の保全に十分配慮して行うという倫理福祉規定に基づくものだと説明している。

その後、JAZAは野生個体の捕獲をできるだけ減らし、飼育下繁殖を進める方針を示した。

なお、2026年7月20日時点で、太地町立くじらの博物館はJAZAの加盟園館検索には掲載されていない。

これは、太地町の歴史や鯨食文化そのものを否定した決定ではない。

水族館が展示動物をどこから、どのような方法で入手するのか。

その過程が、現代の動物園・水族館に求められる倫理や福祉の基準に合っているか。

そこが問われたのである。

WAZAも現在、動物福祉を動物園・水族館の中心的な責任と位置づけている。

来館者が動物へ触れる、近づく、一緒に泳ぐといった体験についても、教育効果だけでなく、動物が選択できる環境、ストレスの監視、福祉評価、安全性などを重視するガイドラインを示している。

太地町に必要なのは、JAZAやWAZAを敵か味方かで語ることではない。

世界の水族館では、動物を「どう見せるか」だけでなく、
「どこから来たか」
「どのように飼育されているか」
「その体験を動物が避けられるか」
まで説明する方向へ変化している。

その変化を、観光客へ分かりやすく示すことである。

参考:JAZA「過去の声明」「加盟園館検索」、WAZA「Code of Ethics」「Animal-Visitor Interaction Guidelines

合法性、資源管理、動物福祉は別の話である

太地町で行われる小型鯨類漁業について、和歌山県は、法令と捕獲枠に基づく合法的な漁業であり、地域の食文化と生活を支えてきたものだと説明している。

水産庁も、イルカ漁業は関係道県知事の許可のもとで行われ、資源量推定や捕獲可能量を踏まえて種別の捕獲枠が配分されると説明している。

これらは、現在の漁業が無許可で無制限に行われているわけではないことを示している。

ただし、ここで三つの論点を混ぜてはいけない。

合法性

法律や行政上の許可に基づいて行われているか。

資源管理

捕獲によって対象種の個体群が維持できなくなる危険がないか。

動物福祉

捕獲、選別、輸送、飼育、展示、と殺などの過程で、個体が受ける苦痛やストレスをどのように減らしているか。

合法であることは、資源管理や動物福祉に関するすべての疑問が解決したことを意味しない。

資源量が維持されていることも、捕獲される個体が受ける苦痛の評価とは別の問題である。

逆に、動物福祉上の批判があるからといって、その漁業が直ちに違法という意味でもない。

地域側は、歴史、食文化、合法性、資源管理、漁業者の生活を重視する。

批判側は、群れを追い込む過程、個体の選別、輸送、と殺方法、野生個体の飼育、ショーやふれあい体験が鯨類に与える影響を問題にする。

どちらか一方を紹介するだけでは、観光客の疑問には答えられない。

太地町に必要なのは、

私たちの漁業は合法だから問題ない

という一文でも、

海外から批判されているからやめるべきだ

という一文でもない。

何が法律で定められ、何が資源管理の対象となり、何が動物福祉上の議論として残っているのかを、別々に示す説明である。

参考:和歌山県「小型鯨類漁業について」、水産庁「捕鯨をめぐる状況

批判を避けるほど、外国人旅行者には説明できなくなる

太地町に対する海外からの批判は、公式情報から消せば存在しなくなるものではない。

旅行者は、町を訪れる前に検索する。

検索結果には、太地町や和歌山県の公式説明だけでなく、海外報道、映像、活動家、動物福祉団体の主張も表示される。

公式側が現在の漁業や動物福祉について説明しなければ、旅行者は批判側の情報だけで全体像を判断する可能性がある。

和歌山県は、太地町のイルカ漁について、地域文化、食文化、資源管理、合法性を根拠に正当性を主張し、一面的な批判や誹謗中傷に反対する公式見解を公表している。

こうした反論を公表すること自体には意味がある。

しかし、観光客が知りたいのは、反論だけではない。

  • 現在どのような漁が行われているのか
  • 捕獲対象となる種類は何か
  • 捕獲された個体はどう利用されるのか
  • 生体展示される個体はどこから来るのか
  • 福祉を改善するために何を行っているのか
  • 第三者による基準や評価はあるのか
  • 海外からは具体的に何が問題視されているのか
  • 地域側は、その一つひとつにどう答えるのか

という情報である。

「伝統文化です」「合法です」と説明するだけでは、現在の疑問に答えたことにはならない。

一方で、「国際的に批判されています」とだけ書けば、地域の歴史や生活を切り捨てることになる。

必要なのは、賛成と反対を一つの結論へまとめることではない。

両方の根拠を、旅行者が同じ場所で比較できるようにすることである。

批判を避けることが、町を守るとは限らない。

むしろ、批判が検索結果の外側に大量に存在する時代には、公式側が論点を整理して公開するほうが、町への信頼を守ることにつながる。

太地町は「説明する観光」をつくれる

太地町には、説明する観光をつくるための素材がすでにそろっている。

博物館には、歴史資料、生態展示、生体展示、研究者、学芸員、獣医、飼育スタッフがいる。

町内には、日本遺産の史跡、鯨料理、漁業、祭礼、供養碑がある。

新しい大規模施設を建てなければできない話ではない。

まず必要なのは、情報を整理し、旅行者の疑問に沿って並べ直すことである。

1.「見る・学ぶ・食べる・捕る」の関係図

博物館、鯨料理、漁業、体験施設を一枚の図でつなぐ。

それぞれで扱われる種類、目的、関係を示す。

2.古式捕鯨と現在の漁業を分ける年表

江戸時代の古式捕鯨、近代捕鯨、IWC、商業捕鯨の中断と再開、小型鯨類漁業、JAZAの決定などを時系列で示す。

「400年続いている」という一文を、具体的な変化へ分解する。

3.合法性・資源管理・動物福祉の三層図

三つが別の論点であることを、観光客にも分かる言葉で説明する。

4.展示種、漁業対象種、食用種の説明

「クジラ」「イルカ」と一括りにせず、町で見られる種、捕獲対象となる種、食用として流通する種を分ける。

5.日本語と英語の多言語FAQ

例えば、次のような疑問へ正面から答える。

  • 太地町では現在も捕鯨をしていますか
  • 博物館のイルカやクジラはどこから来ましたか
  • なぜクジラを食べるのですか
  • 古式捕鯨と現在の追い込み漁は同じですか
  • 捕獲数はどのように決められていますか
  • 動物福祉についてどのような取組をしていますか
  • JAZAとWAZAでは何が問題になったのですか

6.飼育員、学芸員、獣医による定時トーク

すでに博物館では団体向けに、学芸員、獣医、飼育スタッフによるレクチャーを用意している。

これを一般来館者向けにも定時開催し、質問を受ける場にできる。

7.鯨料理店での背景説明

料理名と値段だけではなく、使われている部位、種類、調理法、地域で食べられてきた背景を短いカードで示す。

食べない選択をする旅行者への案内や、クジラ以外の料理も併記する。

8.動物福祉に関する情報公開

飼育環境、健康管理、繁殖、研究、トレーニング、ふれあい体験時の安全管理や動物の選択性について、公開できる情報を増やす。

WAZAが示すように、来館者との接触を含む体験では、教育効果だけでなく、個体の福祉を継続的に確認する視点が必要になる。

9.地域側と批判側の論点を並べる展示

地域側の歴史、産業、合法性、資源管理に関する説明。

批判側の動物福祉、生体捕獲、飼育展示への疑問。

現在確認されている事実。

まだ答えが定まっていない論点。

これらを分けて掲載する。

博物館が答えを押しつけるのではなく、来館者へ問いを返す展示にする。

10.日本遺産を「現在」までつなぐ

日本遺産「鯨とともに生きる」は、史跡、供養、祭礼、食文化を豊かに紹介している。

そこへ、現在の漁業、博物館、研究、飼育展示、動物福祉を加える。

過去を称賛するだけでなく、現在どのようにクジラと共に生きるべきかを考える物語へ更新する。

守るための反論より、理解するための説明を

太地町には、捕鯨文化を伝える材料が不足しているのではない。

400年以上の歴史がある。

捕鯨の技術と道具がある。

町の産業、食文化、信仰、祭礼、墓、供養碑がある。

鯨類の生態を学べる博物館がある。

生きたイルカやクジラを見る体験がある。

現在の漁業もある。

材料は、むしろ多すぎるほどある。

足りないのは、それらを、

見る
学ぶ
食べる
捕る

という関係に整理し、旅行者が理解できるように説明することである。

太地町の捕鯨文化を守りたい地域側には、地域側の論理がある。

鯨類の捕獲や飼育に疑問を持つ人には、動物福祉上の論点がある。

合法性、資源管理、動物福祉は、それぞれ別々に検討しなければならない。

捕鯨への賛否を、観光地が決着させる必要はない。

しかし、訪れた人が疑問を持ったときに、判断するための材料を示す責任はある。

反対意見を隠すことも、地域文化を一方的に否定することも、「学ぶ観光」にはならない。

太地町に足りないのは、捕鯨文化を守るための反論ではない。
賛否を含めて背景を説明し、旅行者が自分で考えられる観光である。

クジラを見て、学び、食べ、捕る町だからこそ、それぞれの関係を最も深く説明できる町にもなれる。

それが実現したとき、太地町のクジラ観光は、単なる体験や賛否の対象から、世界でも珍しい対話型の学習観光へ変わるはずである。


※本記事は2026年7月時点で公開されている公式情報を中心に構成しています。公式ウェブ上で確認できない事項について、館内展示や現地での説明にも存在しないと断定するものではありません。また、個別の飼育環境や捕獲方法については、公開情報だけでは評価できない項目があります。

太地町編・第1話

「日本唯一」なのに、なぜ太地で一日過ごせないのか。クジラの町に足りない観光導線

太地町編・第2話

「行ける」と「回れる」は別だった。公共交通で巡る太地町観光の弱点