
和歌山には、家がある。
2023年の住宅・土地統計調査をもとにした県の資料によると、県内の空き家は約10万5,000戸。空き家率は21.2%に達する。
そして、その空き家を宿として活用してみたい人もいる。
協定締結に先立つ2026年6月20日、伊都地域では第1回「民泊スタートアップセミナー」が開催された。先着30人を対象に、Airbnb Japanも協力し、「空き家を活用したAirbnb式まちづくり」や民泊経営、地域づくりのワークショップなどが行われた。
その約3か月後の9月9日、和歌山県とAirbnb Japanは連携協定を締結した。
家はある。
活用に関心を持つ人もいる。
そこにAirbnbも加わった。
条件はそろったように見える。
では、これをきっかけに、和歌山の空き家を活用した宿は本当に増えるのだろうか。
和歌山県はAirbnbと何を始めるのか
2026年9月9日、和歌山県とAirbnb Japanは、空き家活用を通じた地域のにぎわい創出に向けて連携協定を締結した。
まず橋本市と伊都郡を含む伊都振興局管内で取り組みを始め、成果を踏まえて他地域への展開も検討する。
ただし、この協定は「空き家をAirbnbに掲載しましょう」というだけのものではない。
県の公表資料には、民泊を始めたい住民や事業者向けのセミナー、自治体職員向けの勉強会、地域おこし協力隊などを対象とした人材育成が盛り込まれている。
Airbnb側も「宿泊向け空き家アドバイザー」として、宿泊事業の立ち上げや運営への助言、課題解決、関係事業者とのマッチングなどを担う。
予約プラットフォームとの協定なのに、なぜ人材育成や事業者とのマッチングまで必要なのか。
その理由は、「空き家」と「泊まれる宿」の間を見ていくと分かってくる。
10万5,000戸すべてが「使える空き家」ではない
県内に約10万5,000戸の空き家があると聞けば、宿泊施設へ転用できる物件も大量にありそうに思える。
しかし、この数字をそのまま「活用できる空き家の数」と受け取ることはできない。
県資料では、約10万5,000戸のうち、賃貸用や売却用、二次的住宅などを除いた空き家は約5万9,000戸とされている。
さらに実際に活用するとなれば、一軒ごとに事情が違う。
所有者に活用する意思があるのか。相続や共有などの権利関係は整理されているのか。建物の状態はどうか。改修費はいくらかかるのか。住宅として貸すのに向いているのか、宿に向いているのか。そして、事業として採算が合うのか。
県全体では約10万5,000戸の空き家がある一方、空き家バンクなどを通じて実際に市場へ出てくる物件はその一部にすぎない。
つまり、「空き家が多い」ことと、「使える空き家が多い」ことは同じではない。
「空き家→Airbnb」は一直線ではない
さらに、空き家を宿にするには、いくつもの段階を越えなければならない。
空き家を見つける
↓
所有者の意思を確認する
↓
相続・共有などの権利関係を整理する
↓
建物を調査する
↓
建築・消防などの法令を確認する
↓
必要な改修をする
↓
営業許可や届出を行う
↓
清掃・緊急対応などの運営体制をつくる
↓
集客する
↓
継続的に採算を取る
Airbnbへの掲載は、この流れのかなり後ろにある。

住宅を宿泊施設として使う場合には、住宅宿泊事業法に基づいて届け出る方法や、旅館業法上の簡易宿所として許可を受ける方法などがある。
築年数が古いからといって、すべて活用できないわけでもない。既存建築物を活用するための制度上の仕組みや、小規模な簡易宿所を想定した基準もある。
一方で、建物ごとに建築や消防などの適合性を確認する必要があり、「古民家だからそのまま一棟貸しにできる」というほど単純でもない。
そして重要なのは、こうした制度上の条件が、今回のAirbnbとの協定によって一気に取り払われたわけではないことだ。
現在公表されている協定内容からは、旅館業や建築、消防などについて、新たな大幅な規制緩和が設けられたことは確認できない。
つまり今回の協定は、
空き家を宿にできるよう規制を変える取り組みというより、今ある制度の中で宿まで持っていける人や仕組みを増やす取り組み
と見る方が近い。

2026年9月時点の公表資料では、図示した制度・ルールについて今回の協定による変更・緩和は確認されていない。 図をタップすると拡大できます。
象徴的なのが、和歌山の「徒歩10分」
その難しさを象徴するのが、住宅宿泊事業に関する和歌山県独自の管理要件だ。
家主不在型などで住宅宿泊管理業者が戸建住宅を管理する場合、宿泊者が滞在している間、管理業者はその住宅から通常徒歩おおむね10分で到達できる範囲内に駐在することが県条例で求められている。
宿泊者のトラブルや近隣住民からの苦情などに迅速に対応し、地域の生活環境や安全を守るためのルールだ。
その目的には理由がある。
ただ、人口減少地域の空き家活用という視点から見ると、別の問いも生まれる。
空き家が多い地域に、徒歩10分で駆け付けられる人もいるのか。
とりわけ山間部では、空き家そのものが点在している。
予約や問い合わせ、鍵の受け渡しはデジタル化できても、清掃や設備トラブル、近隣対応まで完全に遠隔化することは難しい。
建物はあっても、それを宿として回す人がいない。
人口が減っている地域で空き家活用を進めるほど、そんな問題にぶつかる可能性がある。
そして今回のAirbnbとの協定でも、この徒歩10分という条件自体が緩和されたことは確認できない。
だから「人材育成」と「マッチング」がある
ここまで見ると、今回の協定に人材育成や事業者マッチングが含まれている意味も違って見えてくる。
必要なのは、予約を受け付けるプラットフォームだけではない。
空き家所有者の相談に乗る人。建物や制度を確認する専門家。改修する事業者。清掃する人。宿を運営する人。そして、何かあったときに現場へ行ける人。
空き家を宿にするには、そうした人たちをつなぐ必要がある。
県がAirbnbに掲載支援だけでなく、開業・運営への助言、人材育成、事業者とのマッチングまで求めている背景には、こうした「空き家から宿になるまでの間」を埋める狙いがあるとも読める。
これは協定内容と現在の制度を重ね合わせた見方であり、県がそのままの言葉で説明しているわけではない。
それでも今回の協定を見るうえで重要なのは、何軒の空き家があるかではなく、そのうち何軒を実際に宿として動かせるかだろう。
何軒動けば、この協定は成果と言えるのか
現時点で公表されている県とAirbnbの資料からは、「空き家を○軒宿泊施設にする」といった具体的な数値目標は確認できていない。
だからこそ、この協定はこれから追う価値がある。
セミナーに何人集まったか。
そこから何件の相談につながったか。
何件が具体的な事業化へ進んだか。
住宅宿泊事業として何件届け出られたか。
簡易宿所として何件許可されたか。
そのうち、本当に空き家だった建物は何件あったのか。
そして、開業した宿が継続して営業できているのか。
こうした数字を追わなければ、協定が実際の空き家活用につながったかは分からない。
伊都地域では6月の第1回に続き、協定締結後には第2回の民泊スタートアップセミナーも予定されている。第2回は50人を募集し、県は協定に基づく取り組みの一環と位置付けている。
次に問われるのは、その関心が相談へ進み、相談が事業になり、事業が実際の宿になるかだ。
協定を結んだことが成果ではない
和歌山には家がある。
活用に関心を持つ人もいる。
そこへAirbnbという新しいパートナーも加わった。
ただ、それだけで空き家が宿に変わるわけではない。
所有者の意思、権利関係、建物、建築、消防、許認可、管理、そして採算。
空き家が宿になるまでには、いくつもの壁がある。
今回の協定は、その壁そのものを大きく取り払ったわけではない。
だから、評価したいのは「協定を結んだ」という事実ではなく、その先だ。
これまで動かなかった空き家が、この協定をきっかけに一軒、二軒と実際に動き始めるか。
セミナーで手を挙げた人が、本当に宿を開けるのか。
空き家だった建物に明かりが戻るのか。
そして、その宿が地域の中で続いていくのか。
2026年9月時点では、まだ答えは出ていない。
和歌山県とAirbnbの協定の評価は、ここから始まる。