
自治体が観光PR動画をつくる。
そう聞けば、多くの人が想像するのは、制作会社への発注だろう。
企画を立て、ロケ地を選び、撮影し、編集する。ナレーションや音楽を付け、数分間の映像作品として完成させる。それをYouTubeや観光サイト、SNS広告などで配信する。
これは今も有効な方法だ。
では、その予算を少し違う使い方に変えたらどうなるだろう。
全国のクリエイターに、こう呼びかける。
「生成AIを使って、あなたが思う和歌山を45秒で表現してください」
応募作品は100本。
高野山を静謐な映画のように描く人がいるかもしれない。熊野古道をファンタジーの世界に変える人もいるだろう。那智勝浦のマグロをハリウッド映画の予告編のように演出する作品が出てくるかもしれない。
行政が一本の「正しい和歌山」をつくるのではない。
100人が、それぞれ違う和歌山をつくる。
生成AIによって、そんな観光PRが現実的になり始めている。
そのヒントになる取り組みが行われている。
舞台は横須賀市だ。
横須賀で、パルクール大会をAIクリエイターに開いた
横須賀市が案内する「AIクリエイティブ・アワード」は、横須賀で開催されるパルクール大会を盛り上げる、生成AIを活用したPR動画コンテストだ。
主催者が提供する選手映像・音楽・風景などの素材を基に、参加者が生成AIを活用して45秒以内のPR動画を制作し、作品を競う。
普通の自治体PR動画とは、構造が少し違う。
従来なら、
自治体 → 制作会社 → 完成したPR動画 → 視聴者
となる。
ところが、この方式では、
自治体 → 素材を提供 → 多数のクリエイター → 多数の作品 → SNSや一般投票 → 視聴者
となる。
重要なのは、生成AIを使ったことそのものではない。
横須賀市は後援として関わり、主催者らは、「横須賀をどう表現するか」という仕事そのものを外部のクリエイターに開いたのである。
ここが面白い。
同じ素材でも、横須賀は一つではない
コンテストで公開される作品を見比べると、それぞれ表現がかなり違う。
実写映像を生成AIで拡張したような作品もあれば、アニメーションに近いものもある。
映画の予告編のように仕上げた作品。
ゲーム映像のような作品。
音楽やテンポを中心に組み立てた作品。
現実の横須賀をそのまま見せるのではなく、生成AIによって別の世界観へ変換しているものもある。
題材は同じでも、制作者が変われば街の見え方は変わる。
つまり、この方式の価値は単純に、
「安く動画をたくさんつくれる」
ことではない。
むしろ、
一つの地域に、多数の解釈が生まれること
にある。
行政や制作会社だけでは思いつかなかった街の見方が、外部から持ち込まれる。
これは観光PRにおいて、結構大きな意味を持つ。
横須賀は突然「AI動画」を始めたわけではない
もちろん、横須賀市が突然思いつきでAI動画コンテストを始めたわけではない。
同市は「生成AI開国の地」を掲げ、2023年からChatGPTの全庁的な活用実証と本格導入を進めてきた。
そこへ、アーバンスポーツや音楽といった横須賀らしいコンテンツを組み合わせている。
つまり、
AIが流行しているから、AIでPR動画をつくりました
という話ではない。
もともと横須賀に存在する文化やイベントを、生成AIという新しい表現手段と接続しているのである。
これは和歌山を考えるうえでも重要だ。
和歌山県が突然、
「AI県を目指します」
などと言う必要はない。
AIそのものを観光資源にする必要もない。
主役はあくまで、
熊野。
高野山。
紀伊半島の海。
温泉。
祭り。
食文化。
地域の暮らし。
それらを別の角度から見せるための道具として生成AIを使えばいい。
写真でも「行政が知らない街」を集める横須賀
横須賀市などで構成する実行委員会は、東京カメラ部と連携したフォトコンテストも実施している。
プロの観光写真だけではなく、市民や来訪者が見つけた歴史、自然、まだ知られていないフォトスポットなどを集める。
これもAI動画コンテストとは別の事業だが、考え方はどこか似ている。
行政が、
「横須賀はここを見てください」
と一方的に提示するのではない。
市民やクリエイターから、
「私は横須賀のここが面白いと思う」
という視点を集める。
つまり、集めているのは写真や動画だけではない。
街に対する解釈そのものを集めている。
では、和歌山はいまどうやって「和歌山」を売っているのか
和歌山県内でも、観光PRのための映像制作やSNSプロモーションは行われている。
県、市町村、観光協会などが動画を制作し、YouTubeやInstagramで発信する事例もある。
インフルエンサーを招いた情報発信や、SNS広告を含むプロモーションも計画に位置付けられている。
もちろん、これらを否定する理由はない。
プロの制作会社が企画から撮影、編集までを担当することで、一貫したブランドイメージをつくれる。
映像品質も安定する。
広告配信まで含めたキャンペーンであれば、一定の成果も期待できる。
ただ、生成AIがここまで普及してきた現在、同じ観光予算でも別の使い方が成立し始めているのではないか。
一本の完成度の高いPR動画を制作する。
それとは別に、100人に和歌山を表現してもらう。
この二つは、そもそも目的が違う。
和歌山の生成AIは、まだ「役所の中」にいる
一方、和歌山県では生成AI利用ガイドラインを策定し、行政事務での活用を進めている。
文章作成。
要約。
資料作成。
活用事例の共有。
行政事務の効率化。
こうした使い方は、これからさらに広がっていくだろう。
それ自体は必要な取り組みだ。
ただ、生成AIにはもう一つの使い方がある。
現在多いのは、
職員 × AI → 行政業務を効率化する
という発想だ。
そこに、
地域素材 × AI × 外部クリエイター → 新しい地域表現を生み出す
という発想を加えてもいい。
役所の仕事をAIに手伝わせるだけではなく、街そのものをAI時代の創作素材にする。
この使い方は、まだほとんど開拓されていない。
和歌山には「AIに渡せる素材」が山ほどある
和歌山県は、生成AIによる地域PRと相性が悪くない。
むしろ、かなりいい。
世界遺産の熊野古道。
高野山。
那智の滝。
白浜。
串本。
加太。
湯浅。
紀伊勝浦。
祭り。
温泉。
マグロ。
梅。
みかん。
醤油。
海岸線。
山村。
古い街並み。
素材だけなら、いくらでもある。
和歌山県には、メディア向けに編集可能な動画素材を提供する窓口と、観光連盟のフォトライブラリーがある。
ただし、一つ問題がある。
公開されている素材だからといって、生成AIで自由に使っていいとは限らない。県の案内も、著作権は譲渡されず、被写体によっては管理者の事前許諾が必要になると明記している。
写真の加工は可能なのか。
生成AIサービスへのアップロードは認められるのか。
商用利用は可能なのか。
人物が写っている場合、肖像権はどうなるのか。
寺社や文化財の表現に制約はないのか。
AIで改変した映像を二次利用してよいのか。
ここが曖昧なままだと、クリエイターは使えない。
だから、和歌山でAI動画コンテストをするなら、最初に必要なのは派手な特設サイトでも賞金でもない。
「生成AIで使っていい和歌山公式素材集」
ではないだろうか。
「WAKAYAMA AI CREATIVE AWARD」をやったらどうなる?
例えば、こんな企画だ。
WAKAYAMA AI CREATIVE AWARD
生成AIで和歌山を45秒で売れ。
全国から45秒以内の縦型動画を募集する。
生成AIの利用を条件、あるいは推奨とする。
県や市町村は、AI加工可能な写真・動画・音源などを公式素材として提供する。
作品はTikTok、Instagram Reels、YouTube Shortsなど短尺SNSでの利用を前提とする。
テーマはシンプルでいい。
「あなたがまだ知らない和歌山」
でもいい。
あるいは、
熊野部門。
高野山部門。
海部門。
食部門。
暮らし部門。
自由部門。
というように分けても面白い。
応募作品の中から審査員がファイナリストを選び、一般投票も実施する。
受賞作品だけでなく、一定基準を満たした応募作品を県や観光協会が二次利用できる仕組みにしておけば、その後のSNS発信にも使える。
PR動画1本と、100通りの和歌山
仮に500万円の観光PR予算があったとする。
通常であれば、一つの映像制作事業として使う方法もある。
一方で、例えば、
賞金。
コンテスト運営。
公式素材の整理。
特設ページ。
SNS広告。
審査。
権利処理。
などに分配して、100作品を集める方法もある。
ここで比較したいのは、
「500万円で動画1本」と「500万円で動画100本」
という単純なコスト比較ではない。
そもそも商品の性質が違う。
前者は、
一人の監督や制作チームがつくる、一つの和歌山。
後者は、
100人が発見した、100通りの和歌山。
である。
観光PRに必要なのがブランドイメージを統一した高品質な映像なら、従来型の制作が向いている。
一方、
「若い世代に新しい角度から和歌山を発見してほしい」
「SNS上に多様な地域コンテンツを増やしたい」
「行政では思いつかない見せ方を集めたい」
のであれば、多数参加型のモデルにも価値がある。
もちろん、100人に任せれば全部うまくいくわけではない
生成AIを使った地域PRには問題もある。
歴史的に誤った建物を生成するかもしれない。
存在しない観光地を描く可能性もある。
熊野古道に実際には存在しない巨大な鳥居を出してしまうかもしれない。
文化財や宗教施設を不用意に扱えば、表現上の問題も起きる。
人物の肖像権。
音楽の権利。
AIサービス側の利用規約。
ディープフェイク。
過度な景観加工。
現実と生成映像をどこまで区別するのか。
ルール設計は必要だ。
だから、従来型のPR動画を全部やめてAIコンテストに置き換えればいい、という話でもない。
役割を分ければいい。
公式PR動画は、和歌山ブランドの基準点。
AIクリエイター作品は、そこから広がる多様な地域解釈。
二つは競合するものではない。
COOL WAKAYAMAでも、小さな実験を始めている
実はCOOL WAKAYAMAでも、少し似たことを試している。
「和歌山48」だ。
生成AIを使い、和歌山の各地域にキャラクターをつくり、その人物に生活や物語を与えていく。
観光名所の前に立たせるだけではない。
地元のスーパーへ行く。
商店街を歩く。
昔ながらの食堂で昼ご飯を食べる。
川沿いを散歩する。
温泉へ行く。
海を見る。
つまり、キャラクターを通して、
「その地域で暮らしたら、どんな一日になるのか」
を描こうとしている。
普通の観光ポスターなら、一枚を見たところで話は終わる。
しかしキャラクターなら、翌日もその町を歩ける。
来週は別の店にも行ける。
季節が変われば違う風景も見せられる。
横須賀市のAIクリエイティブ・アワードとは手法が違う。
ただ、根底にある考え方は少し近い。
一つの正解をつくるのではなく、地域に新しい解釈を増やす。
和歌山を「作品の素材」として開放したら
熊野古道をサイバーパンクの世界として描く人がいるかもしれない。
湯浅の醤油蔵をアニメーションにする人もいるかもしれない。
那智勝浦のマグロ漁を映画予告編にする人がいるかもしれない。
加太をRPGの世界のように表現する人もいるだろう。
高野山を幻想的な映像作品にする人もいる。
その中には当然、変な作品も出てくる。
微妙な作品もあるだろう。
でも100作品あれば、そのうち数本は、
「こんな和歌山の見せ方があったのか」
と思わせるものが生まれるかもしれない。
それを行政だけで考え出そうとすると難しい。
だったら、考えてもらえばいい。
写真を開く。
映像を開く。
音を開く。
歴史資料を開く。
そして、一定のルールのもとで生成AIによる創作を認める。
行政が和歌山の正解を一つつくる必要はない。
100人に和歌山を解釈してもらえばいい。
生成AIで和歌山を45秒で売れ。
そんな観光PRが、一つくらいあっても面白い。