和歌山で観光地を巡ろうとすると、たびたび同じ問題にぶつかる。
景色はいい。食べ物もある。温泉もある。しかし、それぞれの場所をどういう順番で回り、どこで休み、どこに泊まり、翌朝どこから帰ればいいのかが分かりにくい。
観光資源がないのではない。
観光資源同士が、少し他人行儀なのだ。
この問題を考えるうえで、神奈川県が2026年7月21日に発表した「滞在型サイクリング体験」の宿泊パッケージツアーは興味深い。
神奈川県は、湘南海岸、三浦半島、箱根・小田原、県央の4エリアで、E-BIKE、サイクリングガイド、地域の観光、食、宿泊を組み合わせた8本のツアーを企画した。
単にサイクリングコースを紹介したわけではない。
実施日、走行距離、宿泊施設、旅行代金、募集期間、定員まで決め、参加者が申し込める「旅行商品」の形にしたのである。旅行代金には宿泊費、レンタサイクル代、保険料、一部の食事代などが含まれ、県が宿泊費の一部やレンタサイクル代などを負担する。参加後にはアンケートや意見交換も行い、継続的なツアー造成につなげる考えだ。
では、和歌山はどうだろう。
結論から言えば、和歌山に足りないのは、自転車でもサイクリングロードでもない。
足りないのは、それらを一泊の旅行として組み上げて売る機能である。
和歌山は自転車観光の後進県ではない
まず確認しておきたいのは、和歌山には自転車観光の基盤が相当あるということだ。
和歌山県は、川、山、海を巡る県内約800キロメートルのサイクリングロードを「WAKAYAMA800」として整備してきた。太平洋岸自転車道、案内看板、路面表示、サイクルステーション、サイクリストに優しい宿なども展開している。
県の自転車活用推進計画でも、「サイクリング王国わかやま」の実現を掲げ、安全で快適な走行環境や観光利用の拡大を進めてきた。
鉄道との接続も進んでいる。
きのくに線などでは、自転車を解体せずに列車へ持ち込めるサイクルトレインが運行されている。県公式観光サイトには、白浜で自転車を借り、サイクルトレインで串本へ移動し、潮岬、くしもと大橋、古座川、一枚岩などを巡って、白浜温泉に泊まる1泊2日のモデルコースまで掲載されている。
つまり、和歌山にはすでに、
- サイクリングルート
- E-BIKEやレンタサイクル
- サイクルトレイン
- ガイド付き体験
- 温泉
- 宿泊施設
- 海、山、川、歴史、食
という部品がある。
「和歌山は何もしていない」という批判は、さすがに雑だ。
モデルコースはある。でも、そのまま買えるだろうか
問題は、部品の有無ではない。
旅行者が、その部品をまとめて購入できるかどうかである。
県公式サイトに掲載された1泊2日のモデルコースは、旅のイメージとしてはよくできている。自転車と鉄道を組み合わせることで、長距離移動の負担を減らし、串本や古座川の景勝地だけを自転車で楽しめる。
しかし、モデルコースはあくまでモデルコースだ。
旅行者は自分でレンタサイクルを予約し、列車の利用方法を確認し、宿を探し、食事場所を選び、荷物をどうするか考えなければならない。
雨が降った場合にどこへ行くのか。途中で自転車が故障した場合に誰へ連絡するのか。自転車は宿で安全に保管できるのか。返却場所は出発地点と同じなのか。
こうした細かな判断も、旅行者側に残されている。
旅慣れたサイクリストなら、それ自体を楽しめるかもしれない。
だが、普段は自転車旅行をしない人にとっては、少し面倒だ。
神奈川の実証事業との違いはここにある。
神奈川は、旅行者にコースを考えてもらうのではなく、県が一度、E-BIKE、ガイド、宿泊、食事、保険を束ねて商品にした。そのうえで、本当に売れるのか、初心者でも楽しめるのかを検証しようとしている。
和歌山は部品を並べるところまでは進んでいる。
しかし、その部品を箱に入れ、値段を付け、レジに置く工程がまだ弱い。
紀南では、すでに壁を越えかけている
もっとも、和歌山県内がすべて同じ状況というわけではない。
特に田辺、白浜、上富田、すさみ、古座川周辺では、商品化に近い仕組みがすでに動いている。
紀南エリアのE-BIKEサービスでは、駅や空港、観光拠点への配車、別地点での回収、オンライン予約、クレジットカード決済などに対応している例がある。
古座川では、E-BIKEを1泊2日で借りられるレンタサイクルも販売されている。さらに、ガイド、サポートカー、荷物搬送を含む複数日のサイクリングツアーも存在する。
和歌山市内にも、和歌山城から和歌浦方面を巡るガイド付き半日ツアーがあり、オンラインで予約できる。
したがって、和歌山に旅行商品が一つもないわけではない。
限定された地域や事業者では商品化が始まっているが、県全体を覆う販売レイヤーにはなっていない
という状態だ。
これは重要な違いである。
和歌山に必要なのは、ゼロから巨大な仕組みを作ることではない。
すでに動いている地域の仕組みを、他地域でも再現しやすくすることだ。
和歌山市内でも「近いのにつながらない」
この問題は、和歌山県全体だけではない。
和歌山市内でも、同じ構造が小さく再現されている。
和歌山市には、JR和歌山駅、南海和歌山市駅、和歌山城、紀三井寺、和歌浦、養翠園、雑賀崎、加太、友ヶ島などがある。
地図上で見れば、いずれも同じ市内にある。
ところが旅行者が実際に一日を組もうとすると、途端に難しくなる。
和歌山市のサイクリングマップには、加太から雑賀崎、和歌浦方面を結ぶ海岸ルートも掲載されている。だが、その距離は約55キロメートル、獲得標高は429メートルで、中級者向けに分類されている。
和歌山城、和歌浦、雑賀崎、加太を全部まとめて「気軽な市内観光」と呼ぶには、少し無理がある。
普通の自転車なら、雑賀崎周辺の坂道は初心者には負担になる。加太まで延ばせば距離も長くなり、海沿いでは風の影響も受ける。
ここでE-BIKEが効く。
坂が多いから自転車観光に向かないのではない。
坂が多いからこそ、E-BIKEを使う意味がある。
ただし、E-BIKEを置くだけでは商品にならない。
例えば、和歌山市内で初心者向けの1泊2日商品を作るなら、次のような構成が考えられる。
初日はJR和歌山駅か南海和歌山市駅を出発し、和歌山城、中心市街地、紀三井寺、和歌浦、養翠園を巡り、和歌浦周辺に宿泊する。
翌日はE-BIKEで雑賀崎へ向かい、展望や漁港周辺の食を楽しんだ後、宿や指定地点で自転車を返却する。
加太と友ヶ島は、別の商品として切り分けたほうがいい。
南海加太線と組み合わせ、加太駅周辺からE-BIKEで海岸や港町を巡り、友ヶ島航路や加太の宿泊につなぐ。
全部を一日でつなぐのではなく、旅行者の体力と滞在時間に合わせて分ける。
それも商品編集の一部だ。
必要なのは、新しい名所ではなく「旅程の責任者」
和歌山の観光政策では、新しい施設や新しいイベントが注目されやすい。
しかし、E-BIKE観光で必要なのは、新しい自転車道を何十キロも増やすことではない。
すでにある部品を、誰かが責任を持って組み合わせることである。
必要なのは、例えば次のような機能だ。
- 駅や空港でE-BIKEを受け取れる
- 別の駅や宿で返却できる
- 宿泊、ガイド、食事を一括予約できる
- 荷物を宿へ先に運んでもらえる
- 故障時の連絡先が明確になっている
- 雨天時には別の体験へ変更できる
- 保険が旅行代金に含まれている
- 旅行全体を一つの画面で予約・決済できる
こう書くと、大掛かりな事業に見える。
だが、部品の多くはすでにある。
和歌山に不足しているのは、ハードよりも接着剤だ。
小さな事業者だけに任せるのは難しい
宿泊と体験と交通を一つの商品として販売するには、旅行業法上の整理も必要になる。
レンタサイクル事業者が自転車を貸すだけなら比較的単純だが、宿泊施設、ガイド、食事、移動を組み合わせて一括販売するとなれば、小規模な事業者だけでは対応しにくい。
予約変更、キャンセル、事故、悪天候、料金精算など、運営上の責任も増える。
神奈川県が県主導で実証事業を行う意味は、ここにもある。
行政が永続的に旅行会社になる必要はない。
最初の一度だけ、県やDMOが旅行会社、宿泊施設、ガイド、レンタサイクル事業者を束ね、商品として成立する形を作る。
その商品を実際に販売し、参加者の満足度、適正価格、走行距離、事故対応、雨天時の運用を検証する。
採算の見通しが立った商品を、翌年度以降、民間事業者の常設商品に移行する。
神奈川が試そうとしているのは、この「最初の接着」である。
もちろん、E-BIKEですべては解決しない
E-BIKEを過大評価するべきでもない。
電動アシストがあっても、猛暑、雨、台風、海岸の強風はなくならない。
国道やトンネル、狭い道路、自動車交通の多い区間では、安全性の問題も残る。
高齢者や小さな子どもを含む家族旅行では、車や公共交通のほうが適している場合もある。
自転車観光が和歌山観光全体の主役になる、とまで言うのは飛躍だ。
神奈川県の実証ツアーが9月下旬から11月に集中しているのも、気候条件を考えれば合理的である。
和歌山でも、春と秋を主力シーズンとし、夏は早朝の短距離商品や、川遊び、温泉、屋内体験を組み合わせるなど、季節ごとに内容を変える必要がある。
E-BIKEは万能の解決策ではない。
しかし、徒歩では遠く、車では通り過ぎてしまう場所を結ぶ手段としては、和歌山と相性がいい。
和歌山は「素材県」から「商品県」になれるか
和歌山には、海、山、川、港町、城下町、熊野古道、温泉、食、鉄道、自転車道がある。
足りないのは、観光資源をさらに一つ増やすことではない。
どの駅から始めるのか。
どこで自転車を借りるのか。
どの順番で回るのか。
どこで昼食を取るのか。
荷物をどこへ預けるのか。
どこに泊まるのか。
雨が降ったら何をするのか。
翌朝、どこで自転車を返すのか。
そして、その全部をどこで買えるのか。
そこまで決めて、初めて旅行商品になる。
和歌山は、自転車観光に向かない県ではない。
むしろ、地形も景観も鉄道も温泉も、E-BIKEを使った滞在型観光に向いている。
ただし現在は、優秀な部品を旅行者自身に組み立ててもらっている状態だ。
和歌山と神奈川の差は、景色でも坂道でもない。
組み上げて、値段を付けて、売る人がいるかどうか。
和歌山は、サイクル観光の「素材県」から、宿泊まで含めて買える「商品県」へ移れるだろうか。
すでに部品は揃っている。
残っているのは、最後の編集である。
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参考資料
- 神奈川県「かながわの魅力をE-BIKEで巡る『滞在型サイクリング体験』宿泊パッケージツアーを実施します!」(2026年7月21日)
- 和歌山県「第2次和歌山県自転車活用推進計画」
- 和歌山県公式観光サイト「サイクルトレインで行く!絶景、グルメ…etc.おいしいとこだけサイクリング!1泊2日の自転車旅」
- 和歌山市「サイクリングコース」
- KMICH「Eバイク・レンタル」
- 古座川町観光協会「レンタサイクルのご紹介・予約フォーム」
- 和歌山県サイクリング総合サイト WAKAYAMA800「サイクリングガイド」
- 和歌山市観光協会「ガイド付き・自転車でめぐるわかやま半日ツアー ~日本遺産・和歌浦コース~」
この記事は、2026年7月22日時点で公開されている情報を基に作成しています。料金、運行条件、貸出場所、予約方法などは変更される可能性があります。