残念な和歌山

和歌山は海の県なのに、なぜサーフィンの波が少ない?紀伊半島の地形と豊かな魚の理由

和歌山は海岸線が長いのに、なぜサーフィンの波は意外と少ないのか。磯ノ浦、南紀、熊野灘の波の違いを紀伊半島の地形から読み解き、同じ地形が釣りでは魚種の豊かさにつながる理由まで解説します。

和歌山の海岸とサーファー、釣り人を対比し、紀伊半島の海の多様な楽しみ方を表したイメージ
和歌山の海岸とサーフィン、釣りを対比したイメージ。実在する場所・人物・漁港を示す写真ではありません。

和歌山県は海の県だ。

紀伊半島の西側を和歌山市から南へ下り、潮岬を回って熊野灘へ。地図を眺めれば、かなりの距離を海岸線が占めている。

白浜の白い砂浜もある。加太の港町もある。串本まで行けば、本州最南端の先に太平洋が広がる。

これだけ海があるなら、サーフィンにも向いていそうだ。

ところが、実際に「今日はどこで波に乗れるだろう」とサーファーの目で和歌山を見ると、少し事情が違ってくる。

海はたくさんある。でも、乗れる波がいつもあるわけではない。

今回の「残念な和歌山」は、そんな話から始めたい。

ただし、和歌山の海そのものを残念扱いするつもりはない。

むしろ最後まで見ていくと、同じ海岸地形が、サーフィンでは条件を選ばせる一方、釣りでは多様なポイントを生み出していることが分かる。

和歌山の海は、少し不思議だ。

海の県なのに、「波の県」ではない

サーフィンに必要なのは、海そのものではない。

沖から届く「うねり」が海岸まで入り、それが海底地形の影響を受けて、乗れる形で崩れる必要がある。

気象庁によると、遠方で発生した波が風の弱い海域まで伝わったものを「うねり」といい、うねりは海岸近くの浅い場所に入ると、浅水変形や屈折、回折などによって高さや方向を変える。

ここで和歌山の地図を見ると、紀北から紀中の海が少し特殊な場所にあることに気づく。

西には四国。

北西には淡路島。

東には紀伊半島そのもの。

その間に細長く紀伊水道が伸びている。

つまり、和歌山市や有田、日高の西側の海岸は、太平洋に向かって全面的に開いているわけではない。

どの方向からでもうねりを拾える海ではなく、波が入りやすい方向がかなり限定される海なのだ。

海岸線が長ければサーフポイントも多くなる、とは限らない。

サーフィンでは、海岸線の長さよりも「その海岸がどちらを向いているか」の方が重要になる。

紀伊半島と四国によって紀伊水道へのうねりの入り方が限定される仕組みを示した地図図解
図1:紀伊半島と四国によって紀伊水道へのうねりの入り方が限定される仕組みを示した地図図解

それでも磯ノ浦は、関西を代表するサーフポイント

和歌山でサーフィンといえば、まず名前が出るのが磯ノ浦だろう。

和歌山市も磯ノ浦を「大阪から一番近い関西屈指のサーフィンのスポット」と紹介している。約1,200メートルの自然の砂浜があり、南海加太線の磯ノ浦駅からもすぐ。駐車場、シャワー、カフェなども整う。夏の海水浴期間には、遊泳区域とサーフィンエリアを分けて運用されている。

これだけ聞くと、

「やっぱり和歌山はサーフィン天国なんじゃないか」

と思いたくなる。

ただ、磯ノ浦の価値は、単純に「一年中いい波が来る」ことだけでは説明できない。

むしろ大きいのは、

  • 大阪・京阪神から比較的近いこと
  • 長い砂浜であること
  • サンドボトムで、リーフポイントより入りやすいこと
  • 駅や駐車場などのアクセス環境があること
  • 長年のサーフ文化が既に成立していること

だ。

言い換えれば磯ノ浦は、

「波が最強だから有名」なのではなく、「関西から日常的に使いやすい、本当に貴重なサーフビーチだから有名」

と考えた方が、その存在感を理解しやすい。

有名な磯ノ浦でさえ、毎日波があるわけではない

ここが少し残念なところだ。

磯ノ浦が関西屈指のポイントであることと、磯ノ浦に毎日波があることは同じ意味ではない。

紀伊水道側は、太平洋から直接どの方向のうねりでも受けられる場所ではない。

南から南西方向のうねりが入りやすい一方、東寄りのうねりは紀伊半島の反対側になる。

だから太平洋側で大きなうねりが発生していても、和歌山市側ではそれほど反応しないことがある。

逆に、南から南西方向のうねりがうまく紀伊水道へ入れば、磯ノ浦はしっかり反応する。

つまり、「太平洋が荒れている=磯ノ浦も波がある」ではない。

その日のうねりの方向が重要になる。

これは、太平洋へ広く開いた千葉のようなサーフエリアとはかなり違う。

南へ行けば、全部サーフ天国になるのか

それなら、もっと南へ行けばいい。

白浜。

すさみ。

串本。

地図だけ見れば、どんどん太平洋に近づいていく。

ところが、これも単純ではない。

紀伊半島の南部は、岬、湾、岩礁、リーフが非常に多い。

海岸の向きも場所によって大きく変わる。

同じ町の中でも、ある海岸はうねりを受け、隣の湾は驚くほど穏やか、ということがある。

白浜のような湾内の海水浴場と、外洋に面した磯では、同じ「南紀の海」でも性格はまったく違う。

串本まで行けばさらに複雑だ。

潮岬を中心に海岸の向きが変わり、場所によって西側のうねり、南側のうねり、東側のうねりへの反応が違う。

しかもリーフポイントでは、うねりだけでなく潮位や海底地形、ローカルルールまで考える必要がある。

だから、

「南紀まで行けば、どこでもサーフィンできる」

というほど簡単ではない。

熊野灘側まで回ると、ようやく海の性格が変わる

潮岬を越え、那智勝浦や新宮側へ回ると、海の向きが変わる。

こちらは熊野灘。

東から南東方向へ開いた海岸が増え、紀伊水道側では拾いにくかった太平洋のうねりを直接受けやすくなる。

那智勝浦エリアでは、下里は南東向きで東〜南西のうねりに対応し、那智は東向きで北東〜南のうねりに対応する。どちらも春から秋が主なシーズンとされる。

ここまで来ると、

「和歌山には波がない」

という言い方は明らかに雑になる。

より正確には、

紀伊水道側は波の入り方が限定されるが、熊野灘側まで回ると太平洋側らしい海になる。

同じ和歌山県でも、西岸と東岸では海の性格がかなり違う。

紀伊水道側の磯ノ浦と熊野灘側の下里・那智について波の入り方や季節性を比較した図
図2:紀伊水道側の磯ノ浦と熊野灘側の下里・那智について波の入り方や季節性を比較した図

関西のサーファーは「県境」より「海」を替える

磯ノ浦について、ときどき「関西唯一のサーフポイント」のような言い方を見かける。

厳密には、これは正しくない。

関西圏のサーファーが使う海まで広げれば、三重県の伊勢志摩、日本海側の京都北部や兵庫北部、さらに福井方面にもサーフポイントはある。

ただし、ここに関西ならではの事情がある。

伊勢は太平洋。

京都・兵庫北部・福井は日本海。

和歌山西岸は紀伊水道。

全部、海の性格が違う。

そのため関西では、

南〜南西うねりなら磯ノ浦。

太平洋側の波を狙うなら伊勢。

冬型の気圧配置なら日本海。

東〜南東うねりなら南紀・熊野灘。

というように、ポイントを替えるというより、海そのものを替えて波を追う発想になる。

千葉の長い海岸線の中でポイントを移動する感覚とは、かなり違う。

これは不便でもある。

でも、関西のサーフ文化の面白さでもある。

ここまでだと、確かに少し残念だ

ここまでサーファー目線だけで和歌山を見れば、少し残念に見える。

海岸線は長い。

景色もいい。

南国感のある場所まである。

でも、

「海があるから、今日はどこかで波に乗れるだろう」

とは言いにくい。

サーフィンだけを基準にするなら、千葉や湘南と比べて波を待つ日が多くなるのは不思議ではない。

ただし、ここで視点を変えてみたい。

サーフボードを置いて、釣り竿を持つ。

すると、さっきまで「扱いにくい」と感じていた和歌山の海岸線が、急に魅力的に見えてくる。

サーファーには面倒な地形が、釣り人には面白い

サーフィンでは、湾や岬にうねりを遮られることがある。

入り組んだ海岸は、どこでも同じように波が届くわけではない。

岩礁やリーフは、初心者にはハードルになる。

ところが釣りでは、この複雑さがむしろ強みになる。

岬があれば潮がぶつかる。

湾があれば魚やベイトが入り込む。

磯があれば岩礁性の魚が付く。

砂浜があればサーフから狙える魚がいる。

河口があれば淡水と海水が交わり、また別の魚が入る。

さらに沖には黒潮が流れる。

サーフィンでは「波が入りにくい」と感じる複雑な海岸線が、釣りでは多様な漁場を生み出す。

同じ地形なのに、見る人によって価値が逆になる。

湾・岬・磯やリーフ・河口・外洋と黒潮をサーファー目線と釣り人目線で比較した図
図3:湾・岬・磯やリーフ・河口・外洋と黒潮をサーファー目線と釣り人目線で比較した図

和歌山県の資料を見ると、魚の顔ぶれがかなり豪華

これは単なる「釣り人の感覚」だけでもない。

和歌山県の水産関係資料を見ると、紀伊水道から紀南、熊野灘まで、かなり幅広い魚種が登場する。

県の「漁業のあらまし」では、黒潮流域帯でカツオやマグロが漁獲される一方、本県沿岸ではマダイ、アジ、イサキなどの一本釣りが行われている。また、イワシ、アジ、サバ、ソーダガツオなどを対象とする漁業も紹介されている。

さらに県水産試験場の研究では、紀伊水道周辺でマアジ、マダイ、サバ類、ブリ、タチウオなどが扱われ、紀南・熊野灘ではカツオ、イサキ、イセエビなどについても長年調査されている。

魚種が多い理由を「半島だから」の一言で終わらせるのは少し雑だが、

紀伊水道の内海的な環境と、黒潮の影響を受ける外洋的な環境が、一つの県の海岸線に連続している

ことは大きい。

紀北と紀南では、海のキャラクターまで違う

和歌山の釣りの面白さは、北から南へ行くにつれて海の性格が変わることにもある。

紀北では紀伊水道の影響が大きい。

沿岸ではマダイ、アジ、サバ、タチウオなどが対象になり、加太をはじめ潮流の強い場所には昔から独自の釣り文化がある。

有田、日高へ南下すると、湾と磯が増え、アオリイカ、グレ、イサキなどを狙う釣りも存在感を増す。

白浜から串本へ行けば、さらに外洋性が強くなる。

和歌山県の漁業就業者向け資料では、白浜地域でカツオやマグロ、イサキ、タイ、イセエビ、クエなど多様な魚種を対象とする漁業が紹介されている。

串本地区では、アジ、サバ、カツオ、ビンナガマグロ、アカムツ、アマダイ、イセエビなどが挙げられ、魚類養殖ではマダイやクロマグロも扱われている。

北から南まで全部同じ海ではない。

だから魚も、釣り方も変わる。

黒潮は、和歌山の海を外洋とつないでいる

紀南の海を考えるとき、黒潮は外せない。

和歌山県水産試験場は、黒潮の観測、カツオの標識放流、キハダやビンナガに関する情報、紀伊水道のシラス調査などを継続している。

過去の研究でも、外海や黒潮上流域で産卵されたアジ、ブリ、サバ類、シイラなどの魚卵や稚魚が、黒潮由来の外海水によって紀伊水道へ移送される可能性が示されている。

つまり黒潮は、串本や熊野灘だけの話ではない。

紀伊半島沖の外洋と紀伊水道を、生物の移動という意味でもつないでいる。

海岸から見れば穏やかな場所でも、その外側では大きな海の循環が動いている。

「半島だからいろいろ釣れる」は、だいたい合っている

最初の疑問に戻ろう。

紀伊半島だから、和歌山はいろいろな魚が釣れるのか。

答えは、

かなり合っている。ただし、半島であることだけが理由ではない。

紀伊半島という地形。

紀伊水道。

熊野灘。

黒潮。

湾。

磯。

砂浜。

河口。

深い外洋。

これらが短い距離の中で切り替わる。

だから釣り方も、

堤防釣り。

磯釣り。

エギング。

サーフフィッシング。

船釣り。

沖釣り。

と変わる。

同じ県内で「今日は何を釣るか」だけでなく、「どんな海で釣るか」まで選べる。

これはかなり贅沢だ。

波が少ないことと、海が豊かであることは別の話

ここで、この話の見え方が逆転する。

サーファーから見る。

「湾が多いから波が入らない。」

釣り人から見る。

「湾があるから魚が集まる。」

サーファーから見る。

「岬にうねりを遮られた。」

釣り人から見る。

「岬で潮が動いている。」

サーファーから見る。

「岩礁で入りにくい。」

釣り人から見る。

「その磯に魚が付く。」

同じ紀伊半島の地形でも、見る目的によって評価の軸が変わる。

これが今回いちばん面白いところだと思う。

和歌山の海は、「波に乗る海」だけではなかった

もちろん、和歌山でもサーフィンは楽しめる。

磯ノ浦には関西を代表するサーフ文化がある。

南紀まで足を延ばせば、太平洋のうねりを受ける本格的なポイントもある。

だから「和歌山はサーフィンできない県」という結論ではない。

ただ、県全体の海岸線を眺めると、その豊かさはサーフポイントの多さよりも、

海の性格が短い距離で何度も変わること

に表れているように思う。

海岸線が長ければ、どこでも同じように波が来るわけではない。

その代わり、

内湾の魚。

磯の魚。

黒潮に乗ってくる回遊魚。

深い海の魚。

さまざまな魚がいる。

和歌山の海は、サーファーには少し焦らす。

でも、釣り人にはずいぶん気前がいい。

「海がきれいな和歌山」で終わらせる方が、ちょっと残念だ

和歌山の海を紹介するとき、

「白浜の海がきれい」

「南紀の海は青い」

で終わることは多い。

もちろん、それも間違いではない。

でも、紀伊半島の海を少し詳しく見れば、

なぜ磯ノ浦にサーファーが集まるのか。

なぜ西岸と熊野灘で波が違うのか。

なぜこれほど多様な魚がいるのか。

すべてが地形と海流につながってくる。

海が長いのに、サーフィンには少し不器用。

その同じ海が、釣りでは驚くほど多彩になる。

そう考えると、本当に残念なのは「波が少ないこと」ではないのかもしれない。

これだけ性格の違う海を持っているのに、全部まとめて「海がきれいな和歌山」で終わらせてしまうこと。

そっちの方が、少し残念だ。


参考情報